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「X-MEN:ファースト・ジェネレーション」

 X-MENシリーズ5作目。今回はプロフェッサーXことチャールズやマグニートーことエリックの過去の物語。いかにしてX-MENが形作られたのか、なぜ親友だったチャールズとエリックは対立しなければならなくなってしまったのか、そしてなぜチャールズは車椅子に乗る事になってしまったのかなど、これまで明らかにされていなかった部分が明かされる。

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 幼い頃、自分に他の人とは違う特殊な能力がある事が分かり、それを隠しつつ生きてきたチャールズ・エグゼビア(ジェームズ・マカヴォイ)は自分と同じ境遇にある少女レイヴンに出会う。そして自分たち以外にも同じように特殊な能力を持つものがいると確信していた。時は経ち1962年、チャールズは大学で遺伝子学を教える教授に任命され、その祝賀パーティの真っ最中だった。しかし突然CIAのモイラという女性エージェントに呼び止められる。不審に思ったチャールズだったが、テレパスの能力で彼女の心を読むと、モイラが自分とレイヴン以外の能力者(ミュータント)に遭遇し、更にはそのミュータントたちが冷戦という状況を利用して核戦争を起こし、世界を破滅に追いやろうという計画をたくらんでいる事を知る。チャールズはすぐさまCIAに協力する事を決め、自分のテレパスの能力で敵の親玉のセバスチャン・ショウ(ケヴィン・ベーコン)を見つけようとする。そんな中、チャールズはCIAと同じくセバスチャンを追うミュータントのエリック・レーンシャー(ミヒャエル・ファスベンダー)と運命的な出会いを果たす。

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 日本での公開前、海外で非常に評判が良かった本作だが、個人的にはあまり期待していなかった。何故ならこれまでのシリーズがどうしても面白いと思えなかったからだ。しかし実際ふたを開けてみると、見事に良い意味で裏切られた。
 まず感じたのは、意外なドラマ性だった。アメリカンコミックの映画というと大体想像できるとは思うが、悪党がいてそれをヒーローが倒して一件落着となるのがほとんどで、正直なところドラマ性がある作品というものが少ない。そんな中本作は主人公のチャールズ、そしてエリックが出会い、お互いを認め合うが、最後には決別してしまうという流れが無駄なく繊細に描かれている。一度は親友として認め合い、成長してきた2人だったが、次第にエリックがチャールズから距離を置き始め別れることを決意する、そんな心の変化の様子がスクリーンからひしひしと感じ取れた。また、本作は時代背景の設定もドラマを盛り上げることに一役買っている。それはどういう事かというと、今回のX-MENは1962年、冷戦直下のキューバ危機にあった時代が舞台なのである。つまり、アメコミでありながら舞台の設定は本物で、更にその時代に上手くストーリーを織り込んでいる。これによって物語が劇的に展開し、合間に挿入されるドラマ部分もより引き立つ。

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 ストーリーもそうだが、キャスティングも素晴らしかった。豪華なキャストが集結していたが、ジェームズ・マカヴォイとミヒャエル・ファスベンダー、そしてケヴィン・ベーコン。この3人の演技は特に良かった。私はジェームズ・マカヴォイの演技をしっかり観たのは本作が初だったため、他の作品との比較はできないが、チャールズという役どころにマッチした演技だった。演じた本人も語っているが、チャールズは自信過剰で生意気、エゴイスティックな青年というキャラクター像。本編を観るとまさにピッタリはまっている。
 ミヒャエル・ファスベンダーに関しては全くの初見だったが、こちらも非常にかっこいい。表には出さないものの、心の内はセバスチャンに対する復讐心を持っているという陰りのある少々難しい役どころだったが、見事な演技を披露している。
 本編を観るまで気が付かなかったのが、ケヴィン・ベーコンの存在である。しかもちょい役かと思いきやまさかの敵のミュータントたちのボス役。もちろん彼もミュータントである。本編では史実で言う所のカストロの位置として登場。ソ連に対しキューバにミサイル基地を作れと要求する。相変わらずの演技で素晴らしかったし、悪役としても様になっていた。
 このほかにも随所に豪華なキャストが出演していたりする。ファンサービスという感じだったが、一応ヒュー・ジャックマンもウルヴァリンとして登場している。また、子供の頃のエリックを演じていたのはリトル・ランボーズで主演していたビル・ミルナー。そしてアメリカ軍艦隊の指揮官的ポジションの役にはマイケル・アイアンサイドが起用されている。

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 本作を観ていて終始思っていた事がある。それは本編中での善と悪の描き方だ。そもそも劇中でミュータントという存在は特殊な能力が勝手に発現してしまったというもので、元は人間だった。しかし能力が発現してしまったばかりに他の人間から迫害を受け、人としての存在が危うくなっている。エリックもチャールズと知り合った事で人間を信じようとしていたが、ラストのミュータントに向けたミサイル攻撃が決め手となってチャールズとは別の道を歩むことになる。ミュータントは人間に危害を加えるつもりなどない者がほとんどなのに人間は一方的に危険だとか脅威だとかでミュータントを敵視する。エリックは最初からコテコテの悪党などではなかったのに他ならぬ人間のせいで悪の道に入ったようなものだ。何が言いたいのかというと、X-MENの世界観(コミック版は読んだ事がないのでもしかしたら間違ってたりするかも)では元々善悪の区別がない。ちょっとしたきっかけでミュータントは人間の敵になる可能性がいくらでもあるという事である。
 ずっとこの事を考えていたら似たような善悪の描き方の作品があったのを思い出した。それはテレ朝で2003年から2004年にかけて放送されていた平成ライダーシリーズ第4作目、仮面ライダー555(ファイズ)である。ファイズの世界では、オルフェノクという怪人が敵として登場する。このオルフェノクという怪人、実は元々人間である。劇中では人間を超越し、進化した存在とされ、ミュータントと全く同じで、人間から敵視されている。しかしそのオルフェノクの中にも人間を守りたいという強い意志を持ったオルフェノクも存在している。でもいくら人間の味方をしても怪人姿を見た人は皆悲鳴をあげて逃げていく。人間と人間を襲うオルフェノクの間に立つ彼らの複雑な思い、これはまぎれもなくX-MEN:ファースト・ジェネレーションにおけるエリックの心情と同じものだ。よく考えてみるとこうやって悩んでいるミュータントやオルフェノクの方が劇中の人間達よりもよっぽど人間くさい気がする。

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 前作キック・アスは個人的にいまいちな作品だったが、今回X-MENを観たことによって自分の中のマシュー・ヴォーン監督の株が一気に上がった。今後も彼には期待していきたい。また、X-MENはファースト・ジェネレーションから新3部作として制作を進めていく予定らしいので以降の作品にも注目だ。監督も続投してくれる事を願う。

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 夏の大作ラッシュのはじめだというのにいきなりすごい作品が出ましたねぇ(笑)。これから公開の注目作品も素晴らしい作品であって欲しいです。まずは今月公開のスカイラインとスーパー8に備えましょう。

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          ↑「将来禿げるかもしれないし・・・」

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テーマ : アクション映画
ジャンル : 映画

2011-06-13 : 洋画・アクション : コメント : 0 : トラックバック : 0
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