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「SUPER8/スーパーエイト」

 以前からドラマ、映画の脚本家やプロデューサーとして下積みを積んできたJ.J.エイブラムス。近年ではM:I:Ⅲやスタートレックなどの大作映画の監督として世に名を馳せている。そんな才気溢れるエイブラムスの新作が先日公開された。それがSF映画、「SUPER 8(スーパーエイト)」である。

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 舞台は1979年のアメリカ、オハイオ州にある小さな町。主人公のジョーはメイキャップ担当として友人のチャールズ、マーティン、ケアリー、プレストンらと8ミリカメラで撮影する映画の制作に明け暮れていた。あるシーンを撮るため、ヒロインのアリスを加えた6人は、深夜家を抜け出し、鉄道の通る駅に向かった。駅で撮影のリハーサルを開始した面々だったが、そこにはなんと深夜にもかかわらず列車が。この機を逃すまいと監督のチャールズは撮影を開始することに。ところが線路上に車が侵入し、列車に激突。列車は完全に脱線し、車両はバラバラになってしまった。運良く全員無事だったジョーたちはその場をあとにする。後日、事故当時回ったままだったカメラに入っていたフィルムの現像が完了し、内容を確認するジョーとチャールズだったが、そこには想像を超えた“あるもの”が映っていた。

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※ネタバレ注意



 本作は、プロデューサーにかの有名なスティーブン・スピルバーグを迎えている。なぜこうなったかというと、実はエイブラムス監督とスピルバーグは以前から面識があったらしく、今回の企画もエイブラムスがスピルバーグに持ちかけた企画だった。本作はエイブラムスとスピルバーグの共同作と言ってもいいだろう。
 あらすじに書いた通り、舞台は1979年。エイブラムスは現在45歳なので、当時だと13歳。ちょうど本作の主役の子供たちの年齢と同じくらいだ。この事からも分かる通り、本作はエイブラムス自身の過去の投影でもある。実際エイブラムスの子供のころはSUPER8片手に映画の撮影に明け暮れていたと言うし、プロデューサーであるスピルバーグの作品を観て育ったとパンフレットのインタビューで語っていた。と、ここまで書いてくると分かると思うのだが、このSUPER8と言う作品は舞台の79年当時の空気感を知ってる人じゃないと中々ピンとこない。おまけに宣伝では主人公と列車に積まれていた“あるもの”との交流うんぬんというジュブナイルムービーのような内容の紹介だが、実際その要素はかなり薄いので、肩すかしをくらう人も多いはずだ。しかしSUPER8は見方を誤らなければ間違いなく傑作の域に入る。私はまだ20代だが、本作はまぎれもない傑作だと感じた。
 本作を観るためのポイントは
・主人公たちに感情移入し、かつ主人公たちの映画制作を楽しむ。
・スピルバーグへのオマージュ要素を楽しむ。
私は主にこの2つだと個人的に考えている。
 まず一つ目から説明していく。一つ目のポイントは映画の基本的な見方に入ると思うのだが、殊に本作ではこれが重要な意味を持ってくる。特に79年当時の空気感を知らないならなおさらだろう。当たり前だが、感情移入するにはそのキャラクターを否が応にも好きにならなければならない。しかしながらこの点は問題ないと思われる。何故なら主人公たちは子供だからだ。これがむさ苦しいオヤジとかならちょっと・・・となる人もいるだろうが、本作はピュアな心を持った子たちが主役。おそらく大抵の人はクリアできる点だろう。また、本作には主人公たちにすんなり感情移入するためのツールとして、SUPER8による映画撮影という要素が絡んでくる。これが観ていて非常に微笑ましいし、何より楽しい。映画が好きな人なら誰しもこういう青春を送ってみたいと思ってしまうのではないだろうか。じゃあ映画が好きじゃない人が観に行く場合はどうするの?本作を通して映画を好きになってください(笑)。ちなみに主人公たちが劇中で撮影している映画はゾンビ映画で、ゾンビ映画界の巨匠ジョージ・A・ロメロ監督の1978年(アメリカでの公開は1979年)の作品である「ゾンビ」に影響を受けているという設定。
 次に二つ目のスピルバーグへのオマージュについて。本作は、数あるスピルバーグ作品の中でも「未知との遭遇」「E.T」「ジュラシックパーク」などの影響が大きいと思われる。特に「未知との遭遇」は公開年とSUPER8の劇中の年が近い事もあり、設定をそのまま受け継いでいる部分もある(街の夜景が停電していく様子、主人公が電車の模型を作っているなど)。SUPER8観賞前の予習としては最適な作品だろう。また、本作は前に書いた通り、宣伝上では主人公たちと“あるもの”との交流を描いているというような内容となっている。この“あるもの”とはオマージュとして挙げた作品の時点で大体想像できると思うが、エイリアンの事で、劇中ではその昔地球に飛来したが、軍に捕らえられて実験動物のような扱いを受けている設定になっている。そのため、自分を実験の材料にした人間を憎んでいる。本編中人間を襲うシーンがあるのだが、これはそのエイリアンが襲いたくて襲っているわけではなく、元をただせば我々人間が悪いという事を頭に入れておいてもらいたい。これを踏まえてオマージュについて関連づけて、E.Tと未知との遭遇におけるエイリアンの描かれ方に注目してもらいたい。どちらもエイリアンが明確な敵になっていない(未知との遭遇は最初は敵か味方か判別できないが、中立的ではあった)のだ。どちらも人に危害を加えたりしないし、交流を望んですらいた。本作内のエイリアンも別に人間に危害を加えるつもりなどなく中立的で、ただ母星に帰りたいだけ。あくまでエイリアンの存在が中立的なので、それだけ主人公たちとの交流も薄いという事だ。その分主人公を取り巻く人間関係を描いたドラマパートに重きを置いているので、むしろこちらを楽しむべきだろう。

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 長々と書きましたが、要点を整理すると、一つ目のポイントでは主人公たちに感情移入しつつ映画製作等の場面を楽しみ、世界にしっかり入り込む。二つ目のポイントではオマージュからスピルバーグっぽさを感じつつもエイリアンに過度な期待をせずむしろドラマパートを楽しむ。という紹介だったわけですが、これはあくまでも私個人の視点ですのでその点はご理解いただきたいと思います。感情移入とかオマージュとか少し堅苦しいのですが、このポイントを踏まえずとも娯楽としては十分と感じられる作り(子役の演技と序盤の列車事故シーンとかだけでも見ごたえはあります)になっているので、とりあえず観てみるというのもありですね。

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 いやはや、最近ほんと子役の演技ってすごいですね。本作だとエル・ファニングが特に良かったです。もちろん演技だけじゃなくて、ものっすごくかわいい(笑)。彼女もこれからが楽しみですね。クロエ・モレッツ、ヘイリー・スタインフェルド、エル・ファニング共演の映画とか作ってくれません?(笑)

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          ↑エルたーん!

テーマ : SF映画
ジャンル : 映画

2011-07-05 : 洋画・SF : コメント : 0 : トラックバック : 0
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「スカイライン -征服-」 ~バトルロサンゼルス・・・ってあれ!?~

 エイリアン映画イヤーと言われている2011年、ついにエイリアンたちが本格的な活動を始めたようだ。そんなエイリアン映画イヤーのさきがけとして先日公開された「スカイライン」。予想も期待も上回る素晴らしいボンクラ映画ぶりに大満足だった。

          スカイライン

 親友テリーの誕生日を祝うためにロサンゼルスにあるテリーの高層マンションを訪れた主人公ジャロッドとその恋人エレイン。そしてその夜盛大に誕生パーティが行われた。パーティもお開きとなりテリーと恋人、友人2名、ジャロッドとエレインはテリーの部屋で眠りにつく。ところが深夜4時、エレインは強烈な青い光に目を覚ます。なんとその光はエイリアンの宇宙船から発せられる、人を魅了するための光だった。光に魅了された人間は宇宙船に吸い込まれてしまう。青い光におびえながらも何とか夜を明かし、マンションの周囲の様子が確認できるようになったため、ジャロッドとテリーはマンションの屋上に上がる事に。しかしそこから見えたものは光に魅了された人々が次々と宇宙船に吸い込まれていく地獄絵図だった。




※以下ネタバレあり!
          
          


 本作を観た方は、「最高だ!」という方と「最低のクソ映画だ!」という方の2極にざっくり分かれるように思う。なぜなら、自分で見どころを見出さなくては全く楽しめない作品だからだ。
 あらすじはちょっとわかりにくく説明したが、本筋は至ってシンプルで、突如現れたエイリアンになすすべもなく人類が次々に吸引され、蹂躙されてしまうというもの。そこに主人公たちのドラマなんかも盛り込まれるが、まぁストーリーなんてあってないようなものなのであまりとやかく言わない事にする。注目すべきはエイリアンの設定とCG及びバトルシーン、そしてラストのオチである。

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 まずエイリアン関連から。本作のエイリアンはある意味我々になじみ深い特徴を持っている。それは宇宙船に人間を吸い上げてしまうという点。この設定は一言「宇宙人」と言われたときに我々が想像するような円盤から光の梯子が下りてきて、それに触れた人間を円盤に吸い上げるというあのビジュアルにまさに当てはまる。一般に宇宙人から想像できる基本的なビジュアルだが、それを本格的に活かした映画はあまりないのではないだろうか。この設定は逆に新鮮だった。また、デザインも独特である。本作には宇宙船に搭乗している宇宙人という対象が明確には出てこないが、マザーシップをはじめ、それらが作りだした無人機(ドローン)や18メートルにも及ぶ巨大なゴリラのような怪物(タンカー)などが登場する。それらは皆複雑な外装で、一見機械的に見えるが、設定では有機的なものということだ。実際本編内でジャロッドとエレインが協力してドローンを倒すシーンがあり、近くで見る事が出来たのだが、生物的なフォルムの体に触手が巻きついているような構造で、実に秀逸なデザインである事が窺える。ドローン以外にも触手は共通した特徴で、散漫そうに見えて実は結構まとまりがある。
 本作はエイリアン関連は一部を除いて全部CGなので、当然大規模な戦闘シーンもCGで作られている。しかしこれが意外にも良く出来ていた。ここで、私が一番好きな戦闘シーンを紹介しよう。それは中盤。軍がやっと到着し、エイリアンに対して攻撃を開始し、大量のリーパー(無人航空機)とラプター(F-22)、一機のステルス機(センチネルという最新の無人機かもわかりませんが・・・)が投入され、エイリアンのマザーシップと大空中戦を繰り広げるというシーン。敵の火線を掻い潜ろうとして次々と撃墜されていくリーパーとラプター、そっちに気を取られている敵と味方の残骸をすり抜けてなんとかステルス機がマザーシップに接近。そしてミサイル(たぶん核)発射!ミサイルが当たったマザーシップがドゴオオオオオオオン!凄まじい爆発を起こす。俺の屍を越えてうんぬんみたいなアホなシーンなのだが、これを戦闘機でやっちゃう製作者側の脳筋ぶりとセンスを疑う(笑)。しかし逆に潔すぎて名シーンに認定(笑)。
 本作のボンクラ度を格段と跳ねあげているのがラストのオチ。ラストは結局抵抗もむなしくジャロッドとエレインもマザーシップに吸い上げられてしまう。この時点では死なず、そのままマザーシップ内部の映像に。マザーシップ内ではなんと、吸い上げた人間の脳を取りだし、エイリアンの体っぽいものに移植、新たな仲間を増やすというとんでもない行為が行われていた。例外なくジャロッドも恋人の目の前で首をもぎ取られて脳を取りだされてしまうが、移植先のエイリアンの体を手にしたジャロッドの意識が覚醒、正義のエイリアンとしてシップ内のエイリアンに立ち向かう!というところでエンドロールが流れる。もはや失笑というか、ぶっ飛びすぎてて腹を抱えて笑ってしまう(笑)。私個人としては最高のオチではありますが、このオチをどう捉えるかは観た方の自由です。しかしあくまでボンクラ映画ですから温かい目で見てあげましょう(笑)。

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 総合的に観て最高のボンクラエンタメでした。一般的な反応ではクソ映画だのと言われていますが、これは明らかに宣伝の規模が大きすぎると思うのです。本来ならこういう作品は少数の人が観て満足すれば良いものなので、CMにつられた一般の方が一方的に批判するのは間違いですよね。いずれにしても宣伝に問題アリです。

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 エイリアン映画イヤーのさきがけの本作でしたが、いきなりこんなボンクラ作品が登場とは、先が思いやられます(笑)。ところで、本作と内容がかぶるであろうロサンゼルス決戦はどんな出来なのでしょうかねぇ・・・

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          ↑SF映画なのに脳筋すぎる名シーン
         

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2011-06-19 : 洋画・SF : コメント : 0 : トラックバック : 0
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「わたしを離さないで」 ~生と死とは・・・~

長崎県出身のイギリス人作家、カズオ・イシグロ氏の同名小説を映画化した作品で、作者本人も製作総指揮として映画版に参加している。
          
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はじめに、私は原作を読んだことがないので比較等はできないことをご理解いただきたい。
クローンとして生を受けた子供を臓器提供のために施設で育てる。原作を知らずに観たため、非常に衝撃的な内容だった。施設にいる子供は生まれたときから運命が決まっており、臓器を提供してただ死を待つだけの存在。しかも皆そういった自分の運命を知った上で生活している。これほど救いがなく辛いと思った映画はここ最近で観た事がない。
しかし同時に実に良く出来た映画でもある。原作通りなのだとは思うが、臓器提供や死というものを直接的な表現を用いずに、「提供」や「終了」という言葉で言い換えている。これによって逆に残酷さがより強調されていた。また、臓器提供をするために人生をまっとうする、つまり死ぬために生きるという奇妙な逆説は面白いと思う。そして残酷な運命を強調するかのように、次第にトーンを落としていく自然風景など、演出の細かな気配りは秀逸。全体的にかなり完成度が高い。キャストも素晴らしく、若手実力派として名高い3人が揺れ動く複雑な人間関係を見事に演じていた。個人的には特にキーラ・ナイトレイが良かった。
 前述した通り完成度が高く俳優陣も素晴らしいが、私は一概にこの作品を肯定することはできない。やはり観ていて非常に辛かったというのもあるが、人とクローンについて倫理的に色々と考えてしまうというところが大きい。殺すためにクローンを作って育てる。やがて臓器提供で人の役には立つが、死ぬクローンには基本的に救いがない。私はこの物語の終焉に非常にモヤモヤしてしまった。

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2011-04-24 : 洋画・SF : コメント : 0 : トラックバック : 0
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